3/29にスービックを出港以来、フィリピンの西岸は東風が遮断されて微風に終始して、おまけに追い潮にも乗って快適な回航となった。
しかし、荒れることで有名なバシー海峡に入ると北東に向かう潮と北東風がケンカしてベンガル7は波に叩かれてほんの少し悲鳴を上げたが、それも半日ほどで収まった。そして台湾の南端の緯度を超えた頃から向かい潮となって脚を鈍らせた。
ところが、それを一気に払拭するような出来事が起こった。
4/1の夕暮れ前にキャビンで作業中の私が「釣れたよ!カツオ!」という甲高い声でデッキに上がると石原さんが得意満面でカツオを手に仁王立ちしていた。ルアーのケンケン釣りに丁度いい5ノットほどのスピードが続いていたから、いつかは釣れるだろうと思ってはいたのだが、まさか石原さんが釣り上げるとは誰も思っていなかった。太公望を自負していた古川名人にしてみれば、自分が釣り上げて石原さんに食べさせてあげようと思っていたはずだから開いた口がふさがらない、といった感じである。

image1
これを得意満面と呼ばずになんと呼ぶのか……


image1_1

カツオとは……つくづく美しい魚である。


兎に角、それから先はは森料理長の出番となり、手際よく三枚におろされたカツオくんは翌日の昼飯となった。
カツオくんは刺身、タタキ、そしてニンニク醤油のソテーと三種類に料理となって、古川課長が炊いたご飯とともに晴天のデッキ食卓に並べられた。残念ながら食べることに気をとられて写真を一枚も残せなかったのが痛恨の極みである……。

カツオ三昧の後、風は東から南東へと振れて艇速を速めて、4/3の未明には日本人ダイバーの憧れのポイントであるらしい西表島の西に位置する奇岩、仲ノ御神島をかすめて同日のお昼過ぎ遂に石垣島のフィッシャリーナに入港した。
昨年の11/9に蒲郡のラグナマリーナを出港して以来約5ヶ月ぶりの帰国であった……。
image2
古川課長のバンクの足元には安藤座長が残していった祭の手ぬぐいが揺れていた……


image1_2
ダイビングポイントとして名高い仲ノ御神島……何故か皆無口になって通り過ぎた。


image2_1
石垣島の変わりようには驚いた……八重山諸島の中心とはいえちょっとした地方都市を思わせるビルが立ち並んでいた。

さて………、次は回航としての最後の旅を残すのみである。たったの240マイル。されど240マイル。最後が肝心である。南寄りの強風が予想されている。気を引き締めて、いざ宜野湾へ向かうのである。宜野湾へは4/6に出港予定だ。
いつものことだが、旅の終わりには達成感や嬉しさとともに言い知れない感傷が待っている。その感傷が少しづつ始まっている。
今、石垣で美味しい牛肉や魚をツマミに泡盛を飲みながらその心の不思議と折り合いをつけているところである……。四人で。


サケダイスキ